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山本圭壱さんと宮崎の関係

 平成27年5月、宮崎のラジオ局で山本圭壱さんの番組が始まり、1月が過ぎました。
 宮崎の生活も話されてますので、誤解の無い様、説明を致します。

■社会復帰の支援
 宮崎で山本さんを支援する人達は、欽ちゃん球団日向キャンプでたくさんの「笑顔と元気」を頂いた恩返しとして、社会復帰を支援をすることは「大切」と考えています。

 ⇒欽ちゃん球団日向キャンプ

 山本さんが問題を起した2006年、安部総理が誕生して「再チャレンジ」を主唱しました。一度失敗した人が、何度でも挑戦できること、また挑戦できる社会をつくるという考え方です。

■山本圭壱さんとの関係
 事件後、山本さんへ電話を掛けて、東京で会いました。
 山本さんは、日向市で生活(謹慎)することを決めました。
 日向の生活は、日向キャンプ実行委員会長と副実行委員長が担当しました。
 日向キャンプで参加頂いたサーファーの皆さんにも協力を頂きました。

 山本さんと日向の生活について話し合い、目標を決めました。
 ①社会復帰に役立つ資格を取ること。
 ②ボランティ活動を通じて社会貢献をすること。

 当時はマスコミ取材が恐ろしい状況にあり、とても山本さんひとりで資格を取ることは難しい状況でした。そこで、みんなで一緒に資格を取ることになりました。

 山本さんは、第一種運転免許(全)、小型船舶操縦免許証(一級・特殊)、フォークリフト運転技能講習修了証、ヘルパー2級、サーファーのインストラクターの資格を取得しました。

 ボランティアを通じて、たくさんの方と交流も深めました。

 ⇒山本圭壱お笑いLIVE  ⇒若旦那LIVE

■欽ちゃん球団との関係

  平成17年1月、上町商店街振興組合・日向市・日向商工会議所の有志が中心となり、欽ちゃん球団日向キャンプ実行委員会を設立しました。

 平成17年2月、欽ちゃん球団の日向キャンプは、地元に「笑顔と元気」をたくさん与えてくれました。宮崎県は経済効果が10億円以上と発表、大変なフィーバーでした。

 当時、日向市は、サンパーク温泉の問題で頭を抱えていました。平成14年(2002)7月に発生したレジオネラ症集団感染で1年間営業停止、再開後は、イメージの悪さから来場者数が回復出来ず困っていました。

 そのサンパーク温泉をV字回復させたのが、欽ちゃん球団の人気でした。国民的タレントの萩本欽一さんが利用しているということで、知名度が上がり、来場者数が回復しました。

 平成18年2月の欽ちゃん球団日向キャンプも、連日、朝の全国放送の番組で紹介されて、全国区の話題となりました。

 それから4月後、山本さんが事件を起こしました。
 そして、欽ちゃんの「球団解散発言」を報道を知りました。
 直ぐ、日向キャンプ実行委員会は「球団解散撤回」の署名運動を始めました。
 日向市長と日向キャンプ実行委員長は、集まった署名をもって上京しました。
 欽ちゃんに、集めた署名を手渡して、球団を解散しない様にお願いしました。

  その後は、ご承知の通り球団の解散は無くなり、翌年に欽ちゃん球団は、全日本クラブ選手権優勝(2年連続)平成26年も片岡安祐美選手兼任監督のもとで優勝されてます。

 ⇒ゴールデンゴールズ日向キャンプ  欽ちゃん球団動画

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